近頃の自分は、いわばモラトリアムのモラトリアムとも言うべき時期にある。
きちんと自分の立ち位置を考えたり変えていったりして将来に備えるという猶予期間にも「待った」をかけ、
悩むのをストップしてとりあえず精神衛生をよろしくして周囲の環境も自分の思う楽しさで一生懸命包んで勉強に励みましょうということにしているのだ。
例えばtwitterは見ない。辞めた理由は軽々しく言うべきでないのも含めいくつかあるけど、一番大きいのはノリを楽しめないことにある。ならフォローする層をかえればいいんだが俺はどこかミーハーなところがあるのでプロフィール欄で凄そうな人ばかりフォローしてしまうし、その凄そうな人が思っていたのと違う振る舞いをすると勝手に憤慨してしまう。彼らの作り出す雰囲気にも乗れない。
そこを堪えて、どんな雰囲気が場を包んでいるのかを学んで、乗っかって、最初は無理にでも、そして途中からは自然とそれを楽しめるようにするというのが新しい環境に馴染む成長なんだろうけど、そうした過程を自分に課して取り組む――その姿勢に些か疲れた。
代わりにmixiで騒いでいる。mixiには同じ学校の人や趣味の友達が何人もいるわけで、特定の人にしか分からないネタにも何人かは乗ってくれるから、気軽に雰囲気を作りだせる。また、多くの人はネタ発言をするのに必死になっていたりしないのでtwitterを見ていたときのような苛立ちはない。
俺はたぶん、本来twitterでやるべきことをmixiでやって、とても満足しているのだと思う。
ただしマイミクの層は同校、他校、大学生、水泳関係者等など多様だから或る人からすると俺はどうしようもなく「浮く」ことになる。熊りんっの喋ってること何?と怪訝に思われるし、そんなに思慮深くない人たちにとって自分の理解できないものは=キモいもの なのでそう捉えられるリスクもある。そうするとmixiの中でさえ他人の気軽な批判の目に晒されてしまうから
楽しいもの、テンションをあげられるものだけで包んだ自分の遊び場には傷が入る。
書いてて思うがそうまで傲慢に考えるのは俺にはある種多様性に甘えているという部分があるからだろう。
俺を許容しないヤツは独善的だ、みたいな。それは余りいいことではないし楽しいことばかりしていないでもっと自己批判に晒すべきかもしれない。
ただ、当たり前だけど現時点では楽しいことばかりしているということは本当に楽しい。それは今までの自分の考え方でいうと将来に繋がらない、いずれ破綻するみみっちい楽しさになるわけだが、
バカ騒ぎをするということの効能をもう少し経験して見極めたい。ミイラ取りがミイラになってしまわないうちは。
丁度今の時期、頭がよくなることとは別だけどこの態度は勉強の能率的に見てもも良いしね。
もう一つ自分の都合のよさを書くと、mixiでは騒ぐけど学校ではそんなにギャースカいろいろと喋らない。騒ぐと疲れるからだ。だから、しっかり話せる人としっかり話して落ち着かせてもらう。
mixiならば騒ごうと思う気持ちと行動とが一瞬でリンクするが、現実においてはネタの吟味と選択に時間がかかるという理由もある。
何度も示唆するけど万人にとっての面白さとか明るさとかへの追究は今猶予してもらっている期間にある。
特定の人に受けて、その特定というのが0じゃなきゃいい。代わりにたぶん万人からの視線、たとえばクラスの中心とかからの非難とかに対しては物凄く脆弱になっている。
俺の、「根」はきっと暗い。
オタ充とよばれる人たちがいるけれどきっと自分はそれではなく「根暗充」と呼べるものだろう。
ただ、今はちょっとそれでいさせてもらえないか。上にも書いたとおりこの状態をもう少し試していたい。
近頃は、そんな感じ。
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