2009年07月09日

初めて目覚めた化学

模試で「最低限」(医学部志望って言ってプークスクスと笑われないレベル)をクリアしていたことが分かってから、かなり気が楽になった。
俺は意味のない強迫観念に追われることがあるので、前期中間でコケて折れたままのプライドを、意外なところで思い返して
無駄にしんどいメンタル状態を招いていた。ちょっと楽になったよ。。。
インターハイの制限を突破できたら、もう一個拘束具が外れるんだろうか。それが多分、愛と幻想のファシズムで言われていた「快楽」である気がしてきた。
淵から落ちそうなときは大切な周囲が支えてくれるが、這い上がることや、「勝利」という快楽を得るのは、やはり自らの手によってのみではないか。
ちょっとひとりよがりな考えかもしれないけど、「結局は自分でやるしかない」みたいに肯定的な意味で受け取ってもらえると有難い。

本日は、最苦手科目・化学を友人と先生から教わっていたら泳げなかった。言い訳としては相当黒に近いグレーであり、
時間の使い方の拙さが形になってしまった。程度の低い茶々をいれられないためにも、そこははっきり自省し、自制すべき。


で、友人に教えてもらって、化学に目覚めた。「学校の授業を大事に」は最近正論だなとようやく思うようになってきたが、
ごめんなさい、化学だけは学校の授業は無理です。段ちがいでした。
ほぼ友人が予備校で学んだ方法をそのまま伝授してもらったのだが、
そっちのほうが化学の面白さを知りまくり
思わず太字にしてしまうほど。ここ1年で最高の「授業」を受けたよ。
中途半端に実験とかするより、理解するほうがずっと知的好奇心をくすぐられた。

部活や、友人の都合との折り合いのつく限り教えてもらうことにした。週にせいぜい1時間ぐらいになりそうだが、疑問をかかえたままの自習よりも何倍も効率よく学習できそうだ。
独り立ちできるようになれば自習に移行すればいいし。
いやあ、本当に、今日のは1年に数回程度しかない「出会い」だった。


やはり鷲巣さん筆頭に凄いスタッフが集まっているんだな、いつもエヴァの音楽は強烈に印象的。


posted by 熊りん at 22:31| Comment(1) | 勉強 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

学校の雰囲気の問題

(一昨日の会話)
おれ「先生、英語がだめだからって理科に逃げてはだめとのことですが」
教師「うん」
おれ「どんぐらい英語得意だったら、理科の比重ふやしてよさそうですか?」
教師「まあ校内偏差55あったらいいんじゃない」
おれ「え」
教師「最低平均点ぐらいやね」
おれ「(゜д゜)」
おれ「そんだけでいいんすか?」
教師「そうだね〜」

敏腕ぽい教師に聞いたというのにそんな感じだったが、本当にいいのか。友人の学校や巷のうわさを聞くに、それなりの進学校だったら
高2ぐらいからは「このままだと文転やむなしだよ」とか現実的な指導を受けるらしい。
一方、うちの学校は余りとやかく言わずに「おう、YOU夢を追いなYO!」という雰囲気で高3の最後まで行くようだ。たとえ成績がぜんぜん追いついてなくとも。
んー、何の文句を言われても俺は志望がちゃんとあるから変えるつもりはないが、学年の半数ぐらいの「とりあえず周りにあわせて京大・医学部志望」の人らは
弊害を被る気がする。事実、今年の合格実績では遂に浪人>現役になっちまった。
浪人してでもここに行きたい、という熱意を持ってやってる人を止める必要はない。しかし本当に行きたいわけでもないのに落ちるところを志望にしている生徒たちに対しては、
学校側は手を差し伸べてやっていいと思う。「生徒のために、進学実績より本人の意志を尊重する」という考え方は立派だが、
必ずしもそれが本人のためになるとは限らない。だって、ここで尊重される「意志」なんて、本当に考え抜かれて出されたものはごく少数だろうし。
「一時の気の迷い」「何となく」という薄弱な根拠を尊重してやるより、指導を加えたほうが結果的には生徒の為になると思う。学校の方針は、
1学年全体がやる気に満ちた哲人集団という前提のもとで初めて成り立つが、現状を見据えればそんなもんは幻想だとわかるはず。
そこで「生徒の質が下がった」「凋落した」と他人事のように構えているんじゃなく、生き残るために変革していくしかないと思う。
意識も、制度も。「生徒の自主性の尊重」は、いまや教師側の怠慢の言い訳に使われていると思うのだ。

どこの大物OBだというぐらい偉そうな話をしてきたが、もう1個言及しとく。
周りから囁かれているように、うちの学校も凋落したな〜と実感するときがある。「京大志望です(キリッ」と言える人を、「へ〜すご〜い」と、他人事のように見る生徒が増えたことだ。
かつては学年の半分がいわゆる旧帝大や医学部に進学していたから、「俺は京大目指すぜ」って言っても「ふ〜ん」ていう空気だったはず。
むしろ、受かって当然受からないほうが特別。そんな風潮だったんじゃなかろうか。
それが今や、受かるのは一部の成功者だけという、逆転現象が起きている。周りも受かるから自分もいけるはず、という理想的な相乗効果から、
ぼくはあの凄い人たちとは違う、でも志望だけは一緒にしとこう→結果おちるという最悪の悪循環に、生徒の意識の構造の転換が起きている。
非常に危うく、もの悲しい傾向だと思う。
数年のうちにその現象は定着したものとなり、地すべり的な進学実績の悪化が起こるのではないか。(俺の危惧としては、自分の学年でそれが起こること。)
そういうことも踏まえて、学校側はもっと現状を理解すべきだと俺は警鐘を鳴らす。
偏差値という数字上でのジリ貧にも増して、目に見えない意識・雰囲気の部分からも本校は伝統の断絶という危機に瀕している。

いやぁ、こんだけ述べたら知らない人でも学校特定できちゃいそうw
posted by 熊りん at 19:43| Comment(4) | 勉強 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月06日

第1回高2全統記述模試/bimyo-

帰りに古市で読んだ「東京大学物語」の感想か、Tiger in my loveの歌詞解釈か、「さよなら、男の世界」というタイトルでの久々の厨2全開か、
いろいろと本日述べる候補はあったものの、

どうせ今日がこの模試に関して一番興味がはちきれそうなほど高いから、纏めて片付けちゃおう。

さーみんな集まってーひどいおなにー品評が始まるよー
posted by 熊りん at 20:12| Comment(4) | 勉強 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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