2010年09月30日

公開

ところで、なんかヒロイックに興奮していますが。前の記事はmixiに貼り付けた。
どれだけの人が読んでくれるかは分からんが、本当の意味で知り合いに公開してみようと思ったのだ。
そもそも長いし読んでもらえるか分からないから反響はきっとないだろう。

ただ一つ、あるとするなら望むのは形式に囚われない意見だ。熊さん難しいこと書くねとか文章がへたくそとか、そういうのはどうだっていい。
どう思ったかを出来れば知りたい。このブログの読者はごく少数で、そして俺は多くの人に伝わる言葉を有していないからそうした機会は稀だ。
偏向する俺の部分を指摘してくれるのもありがたい。
何か相反する意見を貰うとそれだけで心臓がバクバクになる、本当に本当に甘えの深い人間だけど出来ればズケズケ言ってくれると嬉しい。
それはこれからも変わらん姿勢です。いつも読んでくれてる人は10人ぐらいしかいないだろうけど。
posted by 熊りん at 19:38| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Two suggestions.
Either will do.


1.去るもの日々に疎し。
 所詮世界の半分は女であり、どこかで誰かがあなたを必ず待っているのだから。
 振り返っていては前進できない。



2.瀬をはやみ、岩にせかかる・・・
 将来運命が再び交差する日が来ることを、無根拠に信じる。
 性急に結果を求めない。
Posted by 通りすがり at 2010年10月11日 15:49
何故だろう、今の自分にぴったり当てはまりすぎて怖い言葉です。
性急に結果を求めていろいろと失いましたし……。

どなたかは存じませんが、ありがとうございます。
Posted by 熊りん at 2010年10月11日 18:19
あなたの意見を、私は、正論だと思う。
ただ、それが世間一般での正論なのか、あなたの内での正論(信念に似た)なのかは分からない
もっとも世間一般なんていうものは、存在しないと言っても良いと思う
自分の眼から得た情報を自分の脳で理解する、考える
その過程において他人の関与はない

つまり私が言いたいのは、「リアル」ということについて、あなたにとってのリアルは私にとってのリアルではないということだ。
あなたがどれだけ自分の「リアル」を叫んでも、他人はあなたの「リアル」を確認し得ないし、同時に他人の「リアル」もそのままを知ることはできない。
「これはリアルなのだ。お前はリアルを知らないのだ!怠惰だ、低俗だ!」
と決めつけてしまうのは大変危険な思想であると私は思う。あなたが「それっぽいこと」と表現することについても同じである。

なら、私はどうなのか
ということについて意見もあるにはあるが、上手く言葉にする時間がないようなので申し訳ない
多分同い年なので、なんとない親近感?で書き込みした
Posted by s at 2010年10月21日 19:53
コメントありがとう。

自分だけの信じるリアルを押し付けるのは確かに危険ですし、分かっているけれどやってしまいがちなので度々自戒することでもあります。

観念と観念を分かり合わせるには、曖昧でなくかつ分かりやすい表現で対話するしかないと思っています。
納得いくまで話してイメージを近づける。それが出来るように、まずは自分が平易な文章で思想を表現できるよう努めています。

自分の考える「リアル」というものをもう少し敷衍すると、実際の行動が伴うか否かだと思います。何となくシンミリした、とかの感情は対立する相手を論破・説得することも必要な政治問題とかには全く役に立たないわけです。
村上春樹が娯楽詳説を書いているのならシンミリしたりキュンときたり或いは含蓄深いだけでもいいのだけど、政治問題に口出しするなら彼のスタンスではいけないだろう、と考えました。(ただし記事にもあるように、今再評価の途中です。ねじまき島読んでます。)


また是非とも意見をください、喜びます。
Posted by 熊りん at 2010年10月23日 17:12
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