2009年05月26日

もう一歩外へ出る。/可能性を残す。

なんだか、記事の内容が似たり寄ったりになってきてる気がする。

もともと着地点は定めないまま「自分の激情のはけ口」にするため作ったブログながら、書いているうちに自分の考えのパターンや嫌いなものの実体が見えてきた感覚はあり、その点を成長したと呼ぶことはできる。執筆してきた意義もあったと言えよう。
しかしそこからは小さくまとまってしまい、同じ展開で面白みのない文体を再生産し続けてきたとの思いがぬぐえない。
高次で安定させる、というのは何事に於いても一流の証なはず。常に際限に漸近し続けるから、更にそこからの飛躍も生まれてくる。あまりに凡百な喩えだが、プロ野球選手や作家がそうだ。
だが俺の今の態様は、安定でなく「低迷」である。これでは考えも硬直してゆくばかりで、退化しか待っていない。

俺は「偉そうな記事ばっかり書いているので、ムッときた人はぜひ喧嘩売ってきてください。」とまで自己紹介欄に書いているが、せいぜい心の脆い人間の炎上を焚きつけただけだ。
小粒な愚痴では、その他の人々をコメントに駆り立てる「怒り」や「反感」といった絶対値の大きなものは生み出せなかったのだろう。
批難を恐れないばかりでなく、むしろそれを手ずから誘うような論題をぶち上げてみる必要があるかもしれない。
俺が言ってきたように世の中には根源など無く、人と理解もできないというのが真実であれば、まことの力作は大勢に反発されるものである。

壁の外側に出ることの他にもう1つ必要だと思われることは、正しいと信じるものの方向へ、積み重ね続けること。
ジョジョの奇妙な冒険に、以下のような名シーンがある。

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ジョジョ5部のテーマは、このシーンと最終決戦に集約されている。
「結果」だけが正しいのか、「過程」が大事なのか。
ラスボスの能力もそれを非常に意識したものである。
簡単にその命題に結論は下せないが、この警官の言葉には賛同する。
いきなり結果を求めては道を見誤るから、「真実」に近づき続けることが大事だ。
既存の自分の殻を破るために一歩踏み出すときも、それは大胆ながら正しい一歩でなくてはならない。
正しい方向へ進み続けることが成長であり、「理解」とかへの可能性を残す唯一のストロークだと俺は信じる。


それから――自分の記事を見返していつも思うことながら、否定的なものが非常に多い。
俺にとっては世の中というのは矛盾だらけで、集団でとても可笑しなことをしているように映っている。だからそれへの義憤みたいなものを文章にこめているわけだけど、
やっぱり、できることなら明るい話がしたい。何かを貶すより誉めることの方が難しいし価値のあることだから。
もうすでに4,5個ぐらい次の命題は決まっているが、肯定へ向かっていきたい。


posted by 熊りん at 11:56| Comment(0) | 厨2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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