2009年05月07日

もう群れるのをやめたら?

未曾有の金融危機に、北のミサイル発射実験、豚インフルエンザの流行。不穏な現象は重なり、あちらこちらでその痛みが露出してきている。社会全体に暗澹とした雰囲気、閉塞感が立ち込めて、何かがいま起ころうと、あるいは終わろうとしている。

下手な週刊誌の書き出しだとこんな感じだろうか。(さすがにもうちょっと表現を選ぶか?)サヨクの人なら「だからこそ今、国粋主義の台頭を許してはならない。こんな時代だからこそ〜」と続けるんだろうし、ウヨクの人なら「この危機を乗り越えるには、失われた民族の誇りが〜」
と熱をあげるんだろう。生憎どちら側の友人も持っていないので個人はどう思っているかあんまり分からないが、政党のHPなどに行くと
本当にそんな感じなのでステレオタイプすぎて笑ってしまう。

俺はそのどちらかに参加するつもりはなく、一歩外から眺めさせてもらう。が、無関心でいようとも思わない。
「俺に似ている人」の反応を見てみよう。外ではあるが、肉薄しているのでよおく見える。だから自分にしかやれないと思う分析をする。

初のトラックバック先に「On Off and Beyond」の渡辺千賀さんの記事を選んだ。タイトルはずばり「海外で勉強して働こう」

東大工学部を出てアメリカへ飛び出し、MBAを獲っちゃって起業したスーパー才媛の筆者は、
1)日本はもう立ち直れないと思う。
ゆえに、その根本的原因である閉塞感を打破するために海外で成功体験をすべきだと主張している。
なるほど俺は海外を視野には入れているし、十分挑戦する下準備ができる年齢だから発奮された部分もある。それでも、日本がダメなら海外で、なんてのは短絡的すぎやしないか?と思ったから
そのような旨をコメントしようとしたのだが、コメントやトラックバック先を見て脱力してしまった。

今回の渡辺さんの記事は、はてな界隈を大いに震撼させたらしい。山のようなコメントとトラバがあった。
しかしどれもこれも馴れ合った、群れた内容で、自分で考えている人が一人もいないように思えた。
実際のところはそれぞれの熟考の果てが近似な意見になっていったのだろう。だから、何が悪いのかといえば「コミュニティ」が悪いのだ。

ほとんどの人は、
1)日本はもう立ち直れないと思う。
この部分に反応した。激昂した人もいるはずだが、しかし書いたのは阿るような玉虫色のなよなよな批評。もしくは皮肉めいた薄っぺらい内容。はてなダイアリーの試みっていうのは、
アメリカ型の「強くもの言う市民ブロガー」を生むためにどんどん議論していきましょう、っていうコンセプトなんだと勝手に思ってたが、現状をみてがっかりした。
一番最初の長文でも書いたが、ここ日本のネット空間は内輪に内輪に走る。
「恋愛とは2人で馬鹿になることだ」という偉い人の有名な言葉があるが、今のコミュニティは「みんなで馬鹿になる」を実践している。
やっていることは恋愛のような、合言葉の確かめ合いみたいなもので、
真っ向から喧嘩してない。意見が180度違う相手と話そうとしていない。だから何の成長も生まれないばかりか堕落していくんだ。

いや、俺恋愛経験ないからそこんとこの喩えは正しいか分からんけども!

また別の例だが、高橋文樹さんという小説家がブログで「文学はなんだかんだいってあと100年はなくなりません」だとか言っていた。
商業とほぼ完全に同化している漫画ですらあと10年、などと言われてるというのに、全然危機感がなくて唖然とした。
んでよくよく見れば、やはりブログも内輪内輪の方向。そんなだから見えるべきものが見えていないのでは?小説家としてそれはまずいだろうと思う。


これらの状況は確かに「閉塞感」で纏められてしまう。「何かを体験した人」がいないから、皆がんばっているようでいて足の引っ張り合いをしている。
ガリ勉だけど成績が悪い人、のようなものだ。
そこに僅かばかりの「成功者」つまり異質を放り込んでもシステムは変えられないかもしれないし、そういった「特別な人」に期待する発想がそもそも怖いけど、個人個人むけには作用する。
野球でも、絶対的な4番バッターが1人加入するだけで、3番バッターへの警戒度も増すし、5番バッターの得点チャンスまで広がる。そして更にそこから打線全体に浸透して厚みが強みとなる。

自らがそういう存在になっていくことが、ひいてはシステム・構造全体への影響になって、「国益」なんかにも繋がるかもしれない。
ふむ、はてなブロガーの内向性をぶっ叩くつもりが、渡辺さんの意見への賛意がけっこう強まる結果となった。

とにかくいま言い放ちたい言葉が、「群れるのやめたら?」である。
普段は楽しくおかしくやればいいし、何が悲しくてわざわざ別の輪に入る必要があろうか。
でも、議論だとか意見をするんだったら、群れていても馬鹿にしかなれない。だから、いったん外に出るしかないと俺は思うのだ。
んでいきなり外にでても自分の素地は群れで作られてしまってるから、そこんとこも考えれば、普段から、侵されるべきでない部分は侵されるべからず。自分を持てよ。そういうことなんだと思う。






posted by 熊りん at 23:26| Comment(2) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「日本でないなら海外で」でないなら、いったいどうするんですか?
Posted by indifferent at 2009年05月08日 21:43
俺もそこの考えは固まってませんが、「沈む船」だからこそ必要とされてくる分野なども出てくるので、それを志向するのも手だと思います。
今回の一件でずいぶん日本の底にがっかりしたので俺の海外志向は強まりましたが、
安直に海外海外いってても成功できるわけはない。そこらへんは確かじゃないかなと。
Posted by 熊りん at 2009年05月09日 21:37
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