2011年01月21日

出願校決定

リサーチも返ってきたので。


前期:東京大学文科U類    

センター利用:慶応義塾大学法学部政治学科A    

後期:一橋大学経済学部    

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posted by 熊りん at 22:44| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月20日

高校課程「倫理」と個人の思想について

センター倫理は78点だったし、本腰入れて勉強したのって1ヶ月だから、どうこう言っても説得力はないかもしれないが。

俺は高2以来ずっと「学問的でない」ことへの危機感を強く持っていた。学問のイメージは伝統のそれに近く、脈々と受け継がれて体系化された知識と発想から新たな体系を織り成していくのが大学とかで学問をすることだという認識がある。
学問的ではないとはすなわち、体系的でないということだ。それは思いつきで物を言っていることを意味する。

そして思いつきでは何だって言える。三流のアーティストが寝転びながら考えついた歌詞と変わらない。
しかしそこには根本的な説得力がない。複雑にくみ立ててきたという深みがないから、本当に賢い人には看破されるし、何よりも実世界で何一つ通用しない。

で、俺という男子が一番恐れるのは、自分の思想が格好悪くて役に立たないと思われることだ。
だからこそ安易な思いつき、薄い経験則による断定、周囲に流されたひよった意見を、真剣な考えの場ではなるべく避けようとしてきた。(ここまでは「またか」と思われそうなぐらい、いつもと同じ発想。)

避ける最良の手段は、学問的になることだ。手っ取り早いのは多くの本を読むことで、色んな思想に触れていく中で説得力のある自らの思想が形作られ、ベースとなる知識が積みあがる。
俺の学問に対する考えは、こう少し宗教的な面があるかもしれないと自覚している。
(まるで学問のことを「神」のように扱っているから。)


さて、前置きが長くなったが、そういう考えを持っていた俺だが高校課程の「倫理」をまともにやったのは最近だった。
初めて、きちんとした思想の体系に初歩から触れたわけである。

そこで知ったことを一つあげる。

●案外、哲学者も自由な発想をしている。


何故かというと哲学者ごとに全く違う用語がポンポンでてくるからだ。
ここでいう自由とは、「お約束に縛られすぎていない」ことを指す。
カントという人が、人間の認識に対  する限界を発見した。そして彼は内面世界について考え、
それの律し方として「善意志」という概念を生み出し、道徳法則を説いた。
ヘーゲルという人はそれに対して内面的に完結しすぎているという批判を加えた。そして歴史の進展の背景に「絶対精神」というものを導入した。絶対精神とはズル賢い奴で、英雄を使って自由を拡大させる歴史を作っている。云々。
新たな用語ってのはつまり造語で、既存の言葉では説明しつくせないから哲学者オリジナルの言葉が編み出されるわけだ。だからそこでポンポンと発想の仕組みからして転換が起きてる。

勿論例にあげたカントやヘーゲルは尋常でない勉強家で、基本となる積み上げたものがあり全体像を捉えているからこそ、思うとおりに転換させることが出来るのだが、思想の門戸は広かったわけである。

それならば、俺の考え方も学問的なものから大きく外しているのではないのだろうと少し自信になった。
読書をし、知恵あるものから学ぶのが基本姿勢であることに変わらないにせよ、鵜呑みにするばかりである必要はなくかなり自由に亜流を発生させてもよいのだ。もちろん亜流が主流になるには、物凄い量の補強によって説得力をつけねばならないが。

俺の認識が変わったよーという単なる報告でした。
ただ、俺と同じ中高生ぐらいで何か信念とかを持つ人はきっと沢山いるけれど、その人たちに向けた言葉。
何だかんだ言って思想って飽和状態にあると思うので、すごく斬新なことを思いついた気になっても、偉い学者がそれを何十倍も発展させた体系をすでに作り上げてるはず。
そこから謙虚に学び取れたら、自分の考え方が物凄いスピードで発展して、終には別ベクトルでその大家をも追い抜いたりしうるんじゃないだろうか。
自分オンリーの思想ってけっこう行き詰る気がする、と経験則からのアドバイスを送る。
posted by 熊りん at 02:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月17日

「センター試験で成功する」とは何か

倫理078
世史095
国語165
英語191
TA100
UB086
物理079

合計794/900(88.2%)


目標は800点だったので、ほんの少し足りず。
原因はもちろん物理・倫理だが、そんなに気にすることはない。
二次でもう使わない教科だから。英数国が良かったので実力への不安は薄い。

ボーダーラインは去年790点、今年はほんの少し易化したことからやや上がるかもしれないのでまさに俺はボーダーライン上にいる。

さて「センター試験で成功する」とは何か。
それはずばり「気持ちよく切り替えること」である。
いい点をとるに越したことはないが、残念ながら今から十時間前に結果は出揃った。
いつまでも落ち込んでいたり、自慢している時間は勿体ない。志望校が決まっててあしきりを気にせずにすむならやることは一つしかない。

いい点をとれば、それだけ「気持ちよく切り替えられる可能性が高まる」 本当にそれだけに過ぎないのだ。

そう言った意味で、帰宅して早速二次で使う地理を勉強した自分の姿勢は評価できると思う。

(以下、長い余談)



下手すればみみっちくなるけど、競争する際には「相手を精神的に上回る」のが大切だ。
つまりどれだけゆとりを持てるか。

自分の命運をきめるセンター試験の会場においてこそ、吹雪の中受験生の誘導などを行っている大学教員に労いの言葉をかけられるか、とかそういうのが事例にあげられる。

自分より良い成績の友人を心から讃えたりできるまでに至ればかなりこの道は完成に近づく。

そうして、初めは無理にでも高尚にすれば、それが結局は絶対的な自信を導くんじゃないか。
自分のことだけで一杯一杯になっていて自分を大きく見せようとするのに必死な奴に、もっと広く見渡せる俺が負けるわけがない、と信じることができる。

功利的な在り方であり矛盾もあるかもしれないが、俺の採っている方法なので何かに活かされると幸い。


だんだん言説が宗教じみてきた、とか言わないでくださいね☆
posted by 熊りん at 02:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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