2010年09月30日

公開

ところで、なんかヒロイックに興奮していますが。前の記事はmixiに貼り付けた。
どれだけの人が読んでくれるかは分からんが、本当の意味で知り合いに公開してみようと思ったのだ。
そもそも長いし読んでもらえるか分からないから反響はきっとないだろう。

ただ一つ、あるとするなら望むのは形式に囚われない意見だ。熊さん難しいこと書くねとか文章がへたくそとか、そういうのはどうだっていい。
どう思ったかを出来れば知りたい。このブログの読者はごく少数で、そして俺は多くの人に伝わる言葉を有していないからそうした機会は稀だ。
偏向する俺の部分を指摘してくれるのもありがたい。
何か相反する意見を貰うとそれだけで心臓がバクバクになる、本当に本当に甘えの深い人間だけど出来ればズケズケ言ってくれると嬉しい。
それはこれからも変わらん姿勢です。いつも読んでくれてる人は10人ぐらいしかいないだろうけど。
posted by 熊りん at 19:38| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(2)リアル・リアル・リアル 村上春樹を嫌いな理由。

前回の記事の捕捉というか続きというか。本当はこっちを先に書いたので、前回とかぶってる部分はいくつかある。
この記事特有の目的はひとつ。俺が、村上春樹を嫌いな理由を伝えること。


彼はガザ地区にイスラエル軍が攻め入り、多数の死者を出しているときにイスラエル主催の文学賞を受賞した。そしてわざわざイスラエルまで出向いて、こんなスピーチを行った。
卵と壁
「 考えた末に、僕は来ることに決めました。たいていの小説家と同じように、僕もまた、人から言われたのと正反対のことをするのが好きなんです。やれやれ、これは小説家としての性みたいなものですね。小説家というのは、自分の目で見て、自分の手で触れたものしか信じることができないんです。だから僕は、自分の目で見ることを選びました。黙っているよりも、ここへ来て話すことを選びました。」


誤解を除くために出来れば彼のスピーチ全文を読んでもらいたい。ただ俺がはっきり言える一つのことがある。
05.jpg
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こうして想像を絶する痛みとそれに対する悔しさと恨みの中で傷つきあるいは死んでいった人たちは圧倒的なリアルだ、ということだ。

村上春樹が、どれだけそれっぽいことを言おうと構わない。彼はしゃれていると思う。それについて、こうして、戦争から離れた人間達が好き勝手アカデミックに・低俗的に評してみるのも構わない。全然間違ったことをドヤ顔で語ってみるのも構わない。
ただし2008年のガザ紛争で死んでいった人たちはそれっぽいことでもなんでもなくて圧倒的なリアルだ。
洒落た言い回しでどうにもならない、ブンガクすることなんて出来ない痛みを彼らは味わった。

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posted by 熊りん at 19:37| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月26日

中国への態度と、当事者意識

尖閣諸島沖の問題がここ数週間で数多く取り上げられている。事件の変遷を追いながら考えを纏めてきたけれど、
拘留されていた船長の釈放が決まった瞬間に湧いて流れ続けた感情は、自分の根本にも近いものだった。
一つそれを、いまの態度として打ち出してみよう。そうすることが自分を説明することにも繋がるし、読んでくれる人に啓発しうる内容にもなるはずだ。

幼いころの不快なほど拙い気持ちも、すべて正直に書く。


C3E6B9F1A1A6BCB7BFA7A4CEB1F8C0F7C0EE.jpg20050803_8.jpg中学1年生のときにみたこの画像が、物心がついて以来の自身の大転換となった。
それまでの中国への記憶というと、小学校の頃10時のニュースで北京の町並みの映像と共に報じられる「中国人はもはや自転車にばっか乗っているのではなく自動車の購買力が伸びていて、現在の北京の風景は我々日本人が典型的に思い浮かべる姿とは随分ことなったものとなっています」という旨のニュースを見聞きしたことくらい。
他の知識はすべて小学校の社会で習ったもので、小5のときの担任の先生が「10年後には中国、20年後にはインドが日本の経済力を上回る。これからの日本を支えて彼らと競っていくのは君たちなんだよ」というメッセージを発したのを聞き流した覚えもある。
何故聞き流したのかというとそれはわが身に関わりのないことだったからだ。社会のペーパーテストというものは当事者意識も何もなくても無機的な知識さえあれば点数になる。
若者が日本を担っていく、という言葉のニュアンスにも失笑した。通っていた小学校では2,3番ぐらいの成績だったから密やかな自尊心があったのだが、担っていくということとは縁遠く感じられた。これにはまだ説明を付けられないけれど、先天的な自分はそういうヤツだったと記録しておく。当時の俺の現実は家庭と学校と通っていたスイミングスクールで起る茶飯事に終始していた。そしてそれは無根拠に永遠に続くものだと思っていた。


そんな自分にとって、最初にあげた写真はまったく刺激的だった。これは、化学物質で汚染された中国の河川である。「七色の川」として紹介され、一部のネットニュースはそれと中国産の農産物の危険性を併せて報じていた。バイアスがなかったがゆえに俺はバイアスに容易くかけられ、中国はとんでもない国なのだと思った。
中国全土の光景が本当はあんなものであり、その中で育てられた農産物をその日の朝も昼も食ったのだと思うと本気で震えた。更に調べると、刺激的な「事実」がいくつも出てくる。
中国は百発以上の核ミサイルを日本に向けているd0112506_8484017.jpgことや、何百万というウイグル人、チベット人を民族浄化と称し虐殺してきたimagesCA07TMTY.jpg等ということだ。
その時の俺のキャパシティにとってそれらの情報は身に余るもので、咀嚼なんて出来ず、その夜は本気で降ってくるかもしれないミサイルを思って寝られなかった。

↓つづく続きを読む
posted by 熊りん at 22:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

one week after

●部活終わって一週間。「振り返ってみようか(3)」は書けていない。やはり勢いで書いてしまうべきだったかな。また今度、そちらに気持ちが振れた瞬間を逃さずに記そう。

●土曜日に突如としてアクセス数が10倍増した。「蛸壺屋」でぐぐるとかなり上のほうにうちのブログが来るためな模様。
悔しいのが、355(土曜)→128(日曜)とすぐ減らしていることだよね。当然なのかもしれないけど定着されない。
普段なるべくいろんな人に分かってもらえるようにとかって書いてあるけどこのブログの記事は狭く深いものだろう。実のところそれって不本意。沢山の人に理解されたいという強い気持ちと
自分の意見を言いたいという強い意志がぜんぜん平衡とれてなくて、しょうがないから読んでくれる人へ宛ててる感じ。
なんでもないこと書いてある日常系ブログとかより読まれてないわけだもん。

実際俺って大人数に印象付ける言葉を持ってない。人前でぺらぺら喋るとかは出来るけど。いろいろと前提がある数人、とかが限界だ。やっぱりそこはまだまだ残酷なまでに弱いなと感じる。

●数学しか受けていない東大実戦が返ってきた。32/80で偏差値が56ぐらい。勿論晒せるレベルじゃない点数だけど、この結果は幾つかの事を示している。
50点ぐらいとれたところをポロポロ取りこぼして32点しかなくて大いに反省せにゃならんのだけど、それでも数学だけでいうとB判定とC判定の間ぐらいの偏差値。平均点はたった23点。
とりあえず東大文系志望者もそんなに数学できないと言える。全科目で偏差値56だったら恐らくA判定とB判定の間ぐらいになる。どれかで多少こけても一桁の点数とか取らない限り、他の得意科目ですぐ取り戻せるラインだ。
東大は標準的だが本質を突いた問題をミスなくすばやく解ける力を要求しているとか言うけど、そこまで厳密じゃなくても合格点は取れそう。正確無比な事務処理マシーンでなくともいい。これは気持ちが楽になった。何だか数個のミスで全てが決まってしまう、というイメージを東大入試に持っていたから。


●金・土・日とあった文化祭は、この上なく良かった。わざわざ引き抜いてもらった模擬店で列整備の大役を任された。国体で抜けてて実質4日ぐらいしか準備も参加できなかったのに、声は張らなきゃならないけど人と話し続けられる整備が楽しくて楽しくていいとこ取りさせてもらったなと思ったくらい。

有力視されていた最優秀を取れず、店長はじめ打ち上げの会場でも皆が悔しがったけれどそれを昇華して纏まれた。3日間を通して自分自身も友達の友達的ポジションの奴と数多く仲良くなれた。バンドとかしていてどちらかというとチャラいグループで、
中学のころは理由もなく一線を引いてた連中。そこに混じってしまうと自分の大事にしたいものが大事でなくなる、という危惧を抱いていたんだなと今では分かる。
俺は常に傍流で、クラス等集団の中心ではないけれどでも絶対に無視できないポジションにいようとしてきた。自然な気質ゆえに。ただそんなに肩肘張らなくても仲良くできるし、そして主流なだけあって本当に面白い人が揃っていて底抜けに楽しいのだなと思った。
そういう気づきがあるっていうのは自分の文化的貧しさを再確認したというのと同義だし、これからはもっと関わっていきたい。やっぱりこういうの必要だわ。

ほんの一週間の出来事ではあったが、国体の後にもう一花咲かせられて良かったよ。
posted by 熊りん at 20:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月14日

一日遅れになるけど



鬼束ちひろさんが暴行を受けて全治一ヶ月の重傷を負ったというニュース。
俺の理解している限りの彼女にとって、もう、本当に辛い出来事だったろうと思う。とても心配。
幾つかのタイムリーな事件と重なっていて、何か自分の中に意見が生まれそうだったけれど、
それでも併せて語るのは全ての方向の当時者に失礼だなと思いながらその情報を受け入れた。

(9・11で崩れ落ちる世界貿易センタービルの映像を見てすぐ私はこれから大いに誤解されていくであろう中東世界に思いを馳せた、
とかいう主旨の書き出しで始まる学者の評論があって(不明瞭、出典探しておく、何かの問題集の一部)、全体としては納得く論説だったが俺はその部分が許せなかった。
我々は周囲の情報をきちんと処理して結びつきを見出さなくてはならないけれど、誰かが傷を負った事件についてはまず直近の痛みを被った人を悼んだり悲しんだり心配するべきだと考えるほどには俺は直情的だ。傷つくというのは圧倒的なリアルで、尤もらしく考えた言葉を投げかけるのは全て浅くどや顔でなされる駄目なことだ。
これ以上言うとその学者と同じになるから止める。)

今は回復されているようで何より。少しずつ完全復活への道を歩んでいた彼女の心がまた振り出しに戻ってしまったならとてもとても、残念だ。

彼女の歌う様がとりわけ好きなのは、臨場感が自分と似ているからだと思う。限界ぎりぎりっていう時の気分と彼女の歌のサビがマッチして、それは他のポップ音楽では得られない感覚だ。だからバラードが好きなわけでもない。
posted by 熊りん at 20:53| Comment(0) | 鬼束ちひろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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